| 元村有希子・田中泰義's profile理系白書ブログBlogLists | Help |
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January 12 鳥インフルエンザ元村です。
宮崎で鳥インフルエンザが発生。ウイルスの型を調査中で、13日には分かるという。
毒性の強いH5N1型だと、ちょっと用心が必要だ。
宮崎といえば、地鶏ブームも追い風になって、鶏肉が特産品になっている。風評被害も心配される。農水省によると、いまのところ、宮崎産の鶏肉や鶏卵を避ける動きは出てきていないようだ。
鶏の間の感染拡大も心配だが、人に感染したり、人の体内で「新型インフルエンザウイルス」に変身することが心配されている。
いわゆる「パンデミック(感染爆発)」である。
専門家によると、宮崎県は、鳥の疫病に関する対応方針を早く整えた自治体だそうだ。
きのうは福岡に日帰り出張だった。現地支局に立ち寄って、飛行機まで2時間ぐらいあったので、思い立って中洲に行った。
目的地は、福岡で働いていたころ、4~5日に一度はご飯を食べに行っていた小料理屋である。
店はあった。でものれんが出ていない。
引き戸をガラガラとあけて「ごめんくださーい」とあいさつしたら、おくの厨房から女将が顔をのぞかせて、
「あら、ゆっこ、珍しいやないね。どうしたん?こいつは春から縁起がいいねえ」
およそ10年ぶり。女将は相変わらずしゃきっとして、まったく変わっていなかった。うれしかった。
新年なので樽酒をごちそうになって、思い出話をしながら女将手製のがめ煮などをごちそうになっているうちに、時間はあっという間に過ぎる。
福岡のいいところは、都心から空港が近いことだ。地下鉄で10分足らずで、空港の地下までいける。
・・・と思ってナメていた。7時の飛行機で、6時50分に空港に着いたら、次の便に回された。
まあ、電車やバスとは違うからなあ・・・。
お知らせ。ブログの総アクセス数が、昨日あたり320万を越えました。
引き続きご愛顧のほどを。 January 05 ノープリオン牛シャボン玉を転がしてみたい元村です。
ちょっと遅れたけど気になるニュース。
遺伝子組み換えで、プリオンたんぱくを持たない牛を作り出すことに成功したそうだ。
記事によると、キリンビールと米農務省の共同研究。
BSEの病原体は、異常プリオンとされている。
プリオンたんぱくは脳の中に普通にあるが、何かが原因で異常化し、まわりの正常プリオンまで変性させていく。
じゃあ、そのプリオンたんぱくを持たない牛にすればいいんじゃないの?というのがこの基本的な考え方である。
「イヤなにおいは元から絶たなきゃダメ!」(古いね)
てなもんである。
この技術が確立すれば、たとえばスーパーマーケットで牛肉を選ぶとき、
「和牛・検査済み」
「オージービーフ・清浄餌」
「米国産・ノープリオン」
みたいなシールを参考にするのかしらん。
へえと思ったが、じゃあプリオンたんぱくって、今まで何のためにあったのだろう?
何かのために存在していたものではないのだろうか。
それが生まれつきない牛って、普通の牛に比べて何か不自由なことがあるんだろうか?
記事からは読み取れない。
ほぼ同じ頃、米FDAが体細胞クローン牛の肉や乳について「安全」宣言。「これはクローンです」という表示も不要、との調査結果をまとめた。
クローン技術を使えば、たとえば肉質のよい牛と同じもの(少なくとも遺伝的には)を大量生産することが、理論上は可能になる。
でもたしか、それほど成功率が高くないのではなかったっけ。
米国内でも、容認方針に消費者団体の反対の声もあるそうだ。
3ヶ月間、パブリックコメントを集めて方針を決定するという。
日本もすでに、体細胞クローン牛の開発には成功している。試食会も開かれた。
実際には費用対効果の問題や安全・安心の問題があって、市場に流通はしていない。
米国の方針はやがて、日本にも波及してくるだろう。
安全・安心を求める技術が、新しい不安を携えてくることがある。
これらは、その一例かなと思いながら読んだ。
October 25 政治と科学の関係米国産牛肉の輸入再開について、政府が科学的な判断をゆだねている食品安全委員会のプリオン専門調査会がきのう開かれた。
きのうの議論の結論は「次回に持ち越し」。でも今朝の朝刊各紙はほぼ一斉に「輸入再開へ」である(朝日新聞だけは一足早く打っているので、トーンが違う)。つまり「再開容認の原案が提出された」というタイミングをとらえたわけだ。ただし、その原案は承認されていない。
科学記者としては、なんじゃらほい、という感じである。
だって、「科学的な根拠に基づく結論を踏まえて、再開の是非を決める」ってのが、あるべき政府の態度でしょ?
科学技術・食の安全担当の棚橋大臣も「まず食品安全委員会の結論ありきだ」と、毎回毎回、繰り返している。
なのに、結論前に「再開へ」なわけ?
・・・と書きながら、新聞記者としては、当初から予想できた展開だった。
この問題は外交問題でもある。「のんびり科学者先生の意見なんて待ってられないのだよ」というのが政府の本音だろう。
もともと、諮問の内容が「アメリカが日本の求める安全対策をきちんとやるとしたら、リスクはどうですか」という、楽天的な前提に基づくトリッキーなものだった。審議会の権限には最初から限界があった。
でもやっぱり、個人としては「ちょっと待った!」といいたい。
正統な手続きを踏まない政策は、必ずケチがつく。
そもそも食品安全委員会は、「アリバイ作り」のための審議会制度への反省から作られた。
その反省を、皆さん忘れたのですか?
米国産牛肉のリスクに関しては、おそらく「無視できるほど低い」というところに落ち着くのだろう。で、再開となるのだろう。であればなおさら、消費者の不安への配慮が必要だ。
拙速だけは避けるべきだ。
科学者って、どう頑張っても政治に「利用」されるしかないのだろうか。 February 08 リスク比較の試みカラカラ天気が続いていた東京、久しぶりに雨となった。やわらかい、ミストのような雨も悪くない。粉ふきかけてた私の肌にも少し潤いが・・・。 それにしても、BSEはほんと、さまざまな見方、さまざまな意見があるなあと思う。BSEは、一般の日本人が「リスク」というものに本気で取り組んだ最初のケースではなかろうか。たとえば「リスク」と聞いて最初に思い浮かぶ原子力発電と比べてみよう。これは議論のための仮説。 【リスクの広さ】何かが起きたときの被害の範囲(リスクを心配しなくてはいけない範囲)は、原子力の方が広範囲だが、一般の人たちにとっては、自分がそのエリアに入っているという自覚が、牛肉ほど濃くはない。 【リスクの大きさ】原発の事故とヤコブ病罹患の確率がそれぞれどうなのか、比べられるのかが分からない。「自分の身がどうなるか」ということに関して直感的に分かるのは、牛肉も原子力も同じぐらいである。 【リスクの身近さ】原子力発電は、発電所の近くに住んでいるとかでないかぎり、電気という「恩恵」しか受け取ることがないから、リスクは身近ではない。牛肉は毎日スーパーに並んでいて、自分のお金で買うから、身近である。 原子力に対しては「よく分からない=うさんくさい」というバイアスがかかり、牛肉には「いつも食べている=わかりやすい」という逆のバイアスがかかる。リスクというのは、かなり主観的なものだという気がする。BSEの一連の騒ぎは、その「分かっている」という身近に、「良く分からない病気」という新たな不安が加わることで、独特の感情を植えつけているように思う。 「リスク」について、何をどう整理し、伝えたらいいのか、私自身もとまどう。日々勉強である。
February 07 安心のレベルお二人からご指摘があったので、前回の確率論についてもういちど整理。 私が見出しにつけた、あるいは文中に引用した「100%」とか「0%」っていうのは、感覚上の問題であって、研究者の方々が日常使っていらっしゃる「確率」と一緒ではありません。 Siさんが「盛り上げるためのネタですか」とおっしゃってましたが、盛り上げるつもりはありません。 イギリスにその当時行ったことがある人は、どう判断したらいいのか難しいよね、という「安心のレベル」の話を書いたつもりですが・・・言葉は正しく使わなくてはいけませんね。 べんぞうさんからのご質問に答えますと、 「確率をゼロにすることが現実的に不可能な問題に関して、説得力がある説明とはどのようなものだとお考えですか?」 私も個人的には、「ゼロリスク」「リスクゼロでなくてはいけない」という価値観には無理があると思っています。 全頭検査も、「リスクをゼロにする」という価値観で論議すると、「どうせゼロにできないのだから不要」という結論になりますが、分かっていないことが多いBSEという病気について詳しく知るためなら、全くのムダだったとは思いません。 いったい、「説得力がある説明」というのがあるのでしょうかね。客観的な事実を総合して、個々人が自分のライフスタイルや関心や責任において判断するものなのでしょう。 飛行機に乗らない人に、飛行機事故のリスクを語っても意味がないし、牛肉を食べない人にBSEのリスクを語ってもしかたがない。でも知らないでやってるハイリスク行動もあるだろうから、そこには説明があったほうがいいか。 でも、少なくとも1億人に同等に通じる説明ってのはないでしょうね。 February 05 100%と「ほぼ0%」きょうは夜勤である。やるべきことを一つずつ片付けて行っているのだが、私の悪い癖で、「簡単なものから片付ける」というのがある。これだと、一番大切なことが後回しになり、結局自分の首をしめる。 無意識のうちに、ややこしいことは後回しにしたい気持ちが働くのだろう。ちなみにこのブログへの書き込みは、「やることリスト」の真ん中あたりである。 まずは「ばかぼん父」さん、お久しぶりです。ヤコブ病関連のご質問。私も会見に出てないので、伝え聞いただけですが、男性の脳組織を顕微鏡で観察する方法で、変異型と診断したようです。 きょう夕方、小腹がすいたのでマクドナルドにコーヒーとハンバーガーを買いに行った。昨日の今日だったが、張り紙もしてなかったし、お客さんもけっこう入っていた。世間は冷静かなというのが第一印象である。 「安心しなさい」という専門家の口ぶりで気になるのが、「牛肉を日常的に食べ続けた英国でさえ、患者は150人。(汚染肉を)もし食べたとしても確率は低い」という言い方だ。 でも、この男性が英国の滞在中(1カ月)に感染したとすれば、この人にとっての感染確率は100%だったわけでしょ? 専門家は「1日だって1回だって感染するときはする」と認めつつ、「全体の確率は低い」といっている。これにウソはない。つまり、前者は個人への確率、後者は疫学的な確率についての事実なのだから。 それでもって、当時、英国に1日でもいったことがある人は、前者の確率(100%)に自分をあてはめて心配になるだろう。それを後者の理屈(限りなく低い)で安心せよというのは、あまり説得力がないと私は思う。頭では分かっても、不安はおさまらないという感じだろうか。 February 04 患者第一号日本人男性が、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病と確認された。つまり、感染したBSE牛と関係があることを意味する。さらにいえば、異常プリオンに汚染された牛を食べたのではないか、ということだ。 私は取材に出ていたけれど、夕刊時間帯に飛び込んできたこのニュース(その時点では疑い)に、わたしの同僚たちもバタバタしたようだ。 夕刊は通常、3~4回作る。ニュースは時々刻々変わっていくので、各版の作りはずいぶん違う。あらかじめ起きることが分かっていれば準備のしようがあるが、きょうはこのヤコブ病に、愛知の通り魔?事件もあった。 変異型ヤコブ病の患者は、世界に150人ほどいるが、日本人にはいなかった。だから行政当局にとっては「とうとう出たか」という気持ちだろう。この男性は英国に渡航歴がある。ただ、そこで食べたお肉から感染したのかどうかは、分かっていない。 日本で食べた牛肉だとすれば、それは大変な話である。国内にも汚染された肉が出回っていた可能性が出てくるからだ。 米国産牛肉の輸入の可否でカギになっている「リスク」論に影響はあるのだろうか。とりあえず、今流通している牛肉を食べるな、という話にはならないから、冷静に行動することが必要だ。 パニックを防ぐためにも、何が分かって何が分からず、どう行動すればいいかを、きちんと伝えなければならない。
December 10 続・科学的ということ尻に火がつき、ボーボー燃えているのですが、BSE検査について長文の書き込みありがとうございます。 いくつか言葉足らずだったかもしれないので、補足です。 ・「科学的ということ」というタイトルをつけたのは、このエピソードをとおして「政策決定の時に必ず引き合いにだされる『科学的』ってなんでしょうね」という問題提起をしたかったからです。実際、いろんな人たちがいろんな意見と関心にもとづいて書き込んでくださっていて、興味深く拝読しています。 ・全頭検査をやめるか否か、という問題については、もっと議論していいと思います。「お金がかかるから」というだけでやめるのは軽率すぎます。「EUはやってないから」というのは、参考にはなりますが、日本人の「安心」観に照らす必要があると思います。いわゆるリスクコミュニケーションです。安全かどうかという議論をちょっとおいて、そもそも10例のBSE(最年少牛を含む)を見つけられたのは日本の全頭検査体制のたまものといえます。まだ分からないことの多いBSE(あるいはプリオン病)の解明には、少なからず貢献していると思いませんか? ・Siさんが指摘してくれた「20カ月以内の牛は安全なのではなく、プリオンの検出限界であるというだけ」というのは正確な表現ですね。
科学的ということBSE対策をめぐる日米牛肉輸入解禁合意に、吉野家の社長が不満を表明しているという。 日本が要求し(米も合意し)た「出生記録で生後20ヶ月以下と確認された牛だけ、検査なしで輸入OK」という条件に「これではウチの牛丼用の肉がまかなえない」と言っている。 お気の毒だが、一国民としては、その条件は譲れない線ではないか。 アメリカでは、牛肉は全頭検査されておらず、「やばそうな」牛だけを調べてきた。去年からは抜き取り検査をやっているが、プリオンをたっぷりとたくわえた年寄り牛が解体され、汚染された肉が日本へ輸出される可能性がある。そこで出てきた譲歩案が「20ヶ月以下の若い牛なら、感染していてもプリオンがそれほどないから、目をつぶりましょう」というものだった。 それならば、その牛が確かに生後20ヶ月以下であることを、誰かが証明しなくてはならないだろう。しかしアメリカの牛は出生から解体までの履歴を追跡できるシステムが整備されていない。 例えば私は外国でビールを買うと、十中八九「ライセンスを見せろ」といわれる。相手は私を未成年だと思っているからだ。パスポートで「1966年生まれ!」というのを確認すると、「若く見えるねえ」とほめてくれる。おかげで私はいばってお酒を買えるわけだが、牛の世界でも、若作りの牛がいないとも限らない。パスポートがあったら安心だ。 ただ、科学記者としてためらいがあるのは、20ヶ月以下だったら「安全」なのか、というところだ。20ヶ月以下の牛からBSE感染牛は見つかっていない。その状況証拠だけで「安全」と太鼓判を押すことが適切でないことは、誰でもわかる。あとはリスクと恩恵のバランスで判断するしかない。 それでいえば、「肉の部分にはプリオンは蓄積しないのだから、危険部位を除けば赤ちゃん牛だろうが年寄り牛だろうが関係ないでしょ?」という、ごく客観的な考え方もできる。 「安全」だとしても、肉を口に入れるのには勇気がいる。なぜなら、汚染を完璧に防いで解体されたかどうかという保証がない。いわば性善説に立つ必要がある。私は解体現場に立ち会っていないし、自分で牛を買って来て解体することもできない。さらに最近、肉の部分の末梢神経からごく微量のプリオンが見つかったという動物衛生研究所の研究結果が発表されて、なんだかうやむやになってきそうだ。 ならば、より慎重でありたい。国民性が違い、リスク回避のシステムが整っていず、リスクに対する考え方も日本とは違うアメリカから運ばれてくるとすれば、なおさらだ。 というわけで、「この合意が科学的か」どうかは措いても、「氏素性のはっきりしない牛は輸入しない」という条件は守った方がいいと私は思う。 調達が難しくなった結果、もしも牛丼が高くなったら、どれくらい困るだろうか。そもそも吉野家の牛丼が登場したころって、1杯500円だったよね?コストを下げることで会社が成長したのはまぎれもない事実だけれど、そのビジネスモデルが限界にきているとすれば、この逆境を新たな飛躍のチャンスにできないだろうか。 しろうとの私が考えるようなことは、社長さんは当然考えているのでしょうが。
October 14 BSEの二重基準BSEの全頭検査問題が決着した。自民党の小委員会が「20ヶ月以下の若い牛は検査しなくてよろしい」という政府の見直し案を了承したからだ。これは、「20ヶ月未満の牛から、BSEが見つかったケースはない」という事実をもとに、科学的に「安全」と判断した結果だという。 一方で、「やっぱり心配だから全頭検査をしたい」という都道府県に対しては、今後3年間に限り、検査費用を助成することも決めた。これは「安心対策」なのだそうだ。 私から言わせれば、この二重基準が分かりにくい。却って心配になる。 政府として「安全なのだ」とお墨付きを与えるのなら、全頭検査をする必要はない。ある意味、不要な検査に税金を支出することになる。国民には異論もあるだろう。 本来なら、「安全」と「安心」は両立すべきものだ。「安心だけど安全じゃないの?」とか「安全といってるけど安心できない」というふうに、国民が違和感を抱く二重基準では不十分だ。 もう一つ、やっぱり食品安全委員会が軽視されている気がしてならない。だって、答申はあす(15日)なのに、もう政府の方針として、既定路線で走っている。食品安全委員会は、そうした政治的判断が独走しないよう、設けられた委員会ではなかったか。 少なくとも、今回の決定プロセスは、科学的ではない。首をひねる。
September 07 科学者の社会的責任昨日、食品安全委員会のプリオン専門調査会が、「20ヶ月以下の牛から、BSEの病原体を検出するのは難しい」といった主旨の報告書を出した。マスコミはいっせいに「全頭検査体制緩和へ」のトーンで、このニュースを伝えた。厚生労働相は今朝の会見で慎重な姿勢を見せたが、いずれは緩和の方向に動くだろう。 緩和に「お墨付き」を与えた当の調査会は歯切れが悪い。「20ヶ月以下では見つからない、という事実はあるが、個体差もあり、緩和に直結するものではない」という。だが現実は、世間はこの報告書を「事実上の緩和容認」と受け止めている。 政策を決める際の審議会で科学者は、長いこと「科学的見地から専門家の意見を聴いて・・・」というアリバイ工作に利用されてきた。環境アセスメントも「環境アワス(行政に合わす)メント」と揶揄されてきた。彼ら自身、それに甘んじてきた面もある。 流れを変えたのが、国内で初めてBSE牛が見つかった後の専門家会合だったのだ。あの時は、BSEの専門家が一から報告書を書き、行政の不作為を厳しく指摘し、自分たちのかかわり方についても反省していた。 同じBSEで、今回のような報告書が出るのは、とても残念だ。 吉川泰弘座長は「政治の風と無関係ではなかった」と率直だった。20ヶ月以下の牛からはプリオンが検出されず、危険部位を確実に除去すれば「安全」、という状況証拠を並べれば、「全頭検査は意味がない」という結論が導ける。ただそこにはヒューマンファクターが抜け落ちている。「確実に除去できなかったら」という視点だ。 除去に失敗しても無視できるリスクなら「全頭検査は不要だ」と言えばいいし、万全を期すなら、全頭検査が適当だと言えばいい。客観的なデータで逃げるべきではなかった、と私は思う。 科学はいまや、社会と不可分だ。政策を決める審議会で、「純粋に科学的」という立場はありえないと思った方がいい。科学者の責任は、彼らが思っている以上に重い。 |
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