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May 15 文は人なり、言葉も人なり元村です。ヤス叱咤口調を反省。
きょうは2007年科学ジャーナリスト賞の贈呈式。大賞に選ばれた「論文捏造」の村松秀さん(NHK)はじめ受賞者5人が勢ぞろいする。好奇心丸出しで出かけた。
建物の外にSPがたくさん立っているので「ジャーナリスト賞もメジャーになったもんだ」と思ったら、一つ上のフロアで安倍首相が参加する会合が開かれていたのだった。道理で。
前回(第一回)は贈呈式の席で「君が大賞だ」と言われるまで審査結果は知らされなかた。
びっくりしたのと緊張したのとで、しどろもどろのあいさつをした記憶がある。
しかも待っている間も「いつ呼ばれるか」と胸がバクバクして、審査委員の講評もあまり覚えていないのである。
今回は観客として楽しむことができた。
5人の方々のあいさつはどれも、心に残る内容だった。ここでは、1人のあいさつを紹介したい。
長野県の地方紙、信濃毎日新聞文化部の山口裕之記者。受賞理由は「地域の医療支援団体の活動を通じてチェルノブイリ原発事故を追跡した報道の取材班の代表として」だ。
山口さんは「私はあいさつに馴れていないので」と、原稿を手に持ちながらのスピーチだった。でも、訥々とした語り口に、人柄がにじみでている。
初任地の松本市で、チェルノブイリ原発の被害者に医療を提供する市民団体と出会う。それがこの取材の原点だ。
ベラルーシという、ウクライナの北側にある小さな国は、国土の4分の1が、避難または管理対象区域になったそうだ。山口さんは医療支援団に同行し、さらに1年間滞在し、帰国後、この連載を提案した。
「チェルノブイリに関する国際的な報告書は、一言でいえば、心配するな、と書いてあります。でも、地元の人たちは自分や家族の健康が心配だといいます。報告書が正しいなら、彼らは放射線恐怖症ということになります。でも、低線量の長期的な影響や、世代を超えた影響については分かっていない。住民の不安を、科学という名のもとに封じないでほしいと思います。そして、事故によって移住させられた人たちは、生活の基盤も失ったわけで、そういう人たちの人生を描くことなしに、チェルノブイリの全体像は描けないと思います」
あいさつは苦手、といいながら、でも心を打つあいさつだった。
「地方紙だから、読んでくれる人は少ないと思うが、こういう賞をいただくことによって、彼らの思いが少しでも伝わればうれしい」と、山口さんは結んだ。
ちなみに今回のジャーナリスト賞は、テレビ局から1、新聞社から1、残る3氏は研究者である。審査委員の黒川清さんから「ジャーナリストは何をしている」とハッパをかけられた。
写真は受賞者と審査委員のみなさん。おめでとうございます。 May 10 科学ジャーナリスト賞元村です。
07年の科学ジャーナリスト賞が決まった。日本科学技術ジャーナリスト会議がきょう発表した。
大賞は、NHK科学・環境番組部の村松秀ディレクター。米ベル研究所を舞台にした超電導に関する論文不正の背景を追いかけたドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」と、同テーマの新書「論文捏造」が受賞対象になった。
科学ジャーナリスト賞は4氏に。
信濃毎日新聞文化部の山口裕之記者(チェルノブイリ原発事故の追跡記事報道)
新潟大学名誉教授の藤田恒夫氏(科学誌「ミクロスコピア」の発行)
前科学技術文明研究所所長の米本昌平氏(「バイオポリティクス」執筆など生命科学の考察に関する功績)
科学ライターで東京大学准教授の横山広美氏(ウェブ作品「光と人の物語」)
みなさんおめでとうございます。
きょうは日帰り出張。朝は4時半起床。最終の新幹線でさっき帰社。
夏日の日差しの下、屋外取材でヨレヨレになった。 May 05 帰省元村です。
大型連休もあと1日あまり。みなさんいかがお過ごしですか。
最近、「ゴールデンウィーク」という呼び方をしなくなったと聞いたのだけれど本当だろうか。
まあ、28日から9連休という人にとっては確かに「黄金」だろうが、細切れに休む人、休まない人にとってはねえ。
私は2日ほど実家に帰った。
実家にはネット環境がない。だからインターネットもメールも使えない。普段、ネットを普通に使っている身には、この暮らしがちょっと新鮮である。
帰ると電話の横に、先月書いた私の発信箱が貼ってある。
「ここに出てくる、眠りの質がよくなる健康食品てなんね」と母が聞く。
なんで?と尋ねたら、「知り合いの親戚の人が、あんたの発信箱を読んで、この名前を知りたがっとるのよ」という。
コラムを読んだ誰かさんも、その親類のだれかさんも、その知人である母も、みんな「ネットで検索!」という習慣を持たないということだ。
そういう手段がなくても、ツテをたどってちゃんと私のところに情報が届くというのも面白い。
もちろん時間差はあるけど、そのスピードで生きていれば、別に不自由は感じないってことだろう。
2日は大学で講義。連休のはざまにもかかわらず、200人近い学生が参加してくれた。
いつものように冒頭、「毎日新聞を読んでいる人?」と聞いたら、数人が挙手した。
「他の新聞でもいいから、新聞を購読している人?」と聞いたら、20人ぐらいに増えた。
「残りの人はどうしてる?ニュースなんか興味ないですか?」と聞いたら、インターネットでニュースをチェックしている人が半数以上だった。
若い人たちが新聞を取らなくなっている。
これは新聞業界が招いたことでもあるのだけれど、ネットとの共存(か棲み分けか)を本気で考えないといけないなあと、危機感を感じる。
ちなみに、「ジャーナリストという職業に興味がある人?」と聞いたら、手を挙げた人はいなかった。
恥ずかしかったのか、私が見つけられなかったのか。それとも本当にいなかったのか。
講義では「ものの見方」というタイトルで、視点・視野を変えると、ものごとは違って見えてきますよという話をした。
新聞やジャーナリストへの共感が薄い人たちに、私が拙い話をして、果たして思いは伝わったのだろうか。ますます嫌われたのではないか。
こういう講義のあと、いつも私は軽い自己嫌悪に陥る。 April 20 新・新ブログ元村です。
さて、きょうからコメント欄を復活させます。
一部の方々にご迷惑をおかけしたことがきっかけで、コメント欄を一時的に閉じました。
1カ月のお休み中はなんだか物足りなく思われた方もいらっしゃるでしょう。
実は私たち(ヤスと元村)は、そう感じていました。
新聞記事は、基本的に一方通行です。
記事が印刷され配達されれば、あとは配達先で新聞が読まれたかどうか、あるいは私の記事が目に留まったかどうか、知ることはほとんど不可能です。
ブログはその点、「わざわざ読みに来てくれる」人たちとのコミュニケーションがあって成り立つメディアではないかと思います。
そこにコメントが存在しないのは、やはり物足りない。張り合いがない。
「コメントがないと寂しいね」というコメントも、たくさん(個人的に)いただきました。
迷惑をかける事態にならないよう努力はしますが、不注意で見落とすこともあるかもしれません。
その時はお知らせください。
04年秋に始まったブログは、昨年秋、管理人が二人体制になりました。
さらにコメント欄一時閉鎖という出来事を経て、再出発です。
どうぞよろしくお願いします。 April 04 広報戦略元村です。
なんと窓の外は時ならぬみぞれ。
今夜、花見を予定していたグループは「中止」を決めた。
そりゃそうだ。桜とみぞれの組み合わせも、それはそれで風情があるけれど。
今朝の朝刊に「国立大が広報戦略に本気になっている」という文部科学省の調査結果が載っている。
87大学中、8大学が学外から広報担当者を受け入れ、10大学が広告代理店と業務提携しているそうだ。
法人化を機に、国立大は広報に積極的になった。地方大学も、東京・丸の内に東京事務所を設置して、在京メディアへのPRを重視している。
こんな教育をやっています。
女子向けの説明会を開きます。
だれそれ教授がナントカ賞を取りました。
ホニャララ株式会社と提携しました。
などなど。
なかには「おっ」と思うものもあるけれど、「金太郎飴」的な取り組みも少なくない。
取材する側から見ると、広報の手法もさることながらコンテンツがやっぱり大事。そのあたりに大学の個性や戦略がにじみ出る。
ところで・・・
研究成果を大学が広報する場合、ネックになるのが「難しい」という点である。
すべてについて、記者会見を開き、丹念に説明するわけにはいかないから、ニュースリリースでいかに記者の関心を引くかに、大学は工夫を凝らしている。
ある成果を取材した時、取材相手の研究者から「大学の広報課に出す前の私案ですが」と、ほぼ完成したリリースの原稿を資料代わりにもらった。
いわば下書きである。
原稿の2枚目に、大学側からの「リリース作成上の留意点」が記されたフォーマットが残っていた。
・結論から書く。
・専門用語はなるべく避けて、文章は短く。
・「初めて」という要素をきちんと盛り込む。
・暮らしに身近な部分があると、記事化の可能性が増す。
・問い合せ先は、研究を熟知していて、必ず連絡が取れる人に。記者は必ず問い合わせをする。
・数字の間違いは致命的。何度も確認を。
あまりにもツボを心得た留意点で、読みながら笑ってしまった。
「どういうリリースだったら記者さんは興味を持つのか?」と個人的に尋ねられたときに答える要素がもれなく入っている。
これも外部からの広報担当者(たとえば記者出身)の知恵だったりして・・・。 March 02 メディアと科学元村です。
昨日朝刊の「理系白書」5回目は脳ブーム(ゲーム脳含む)を取り上げています。
「マスコミの責任を書きこんでないじゃないか」という指摘もいただいています。
このテーマは、第一部の「科学と非科学」にとどまらない大きなテーマだと私たちは考えていて、第一部の1回で取り扱うより、第二部、あるいは第三部できちんと取り上げようと考え、準備も進めているところです。
もう少しお待ちいただければ。
マスコミといっても、その信頼度の幅は広いですよね。
例えば「水からの伝言」も出版というマスコミを通して、世界各国に何十万部という広がりを見せています。
テレビの過剰演出は、「あるある・・」の捏造で大きくクローズアップされましたが、むしろ「演出しないと番組はできない」という人もいます。
新聞でも、見出しの突拍子のなさをむしろ期待して読む読者をかかえる新聞もあります。
つまり、マスコミを論じる時には、それを受け止める側の態度とセットで考える必要があるかなと思っています。
そんなことをいろいろと考えつつ、メンバーはネタを追いかけているところです。 February 28 3月元村です。
おっと明日からもう3月じゃないか。
2月は「逃げる」というけど、本当に早く過ぎた。
ウェブサイトを見ていたら、なんだかバブルを連想させる景気のいいニュース。マンダリンオリエンタルホテルで1泊314万円のプラン。
通常価格84万円のスイートに泊まり、ダイヤモンドのネックレスとイヤリングをプレゼントしてくれるそうだ。送迎はストレッチリムジン。
ストレッチリムジンって、車内でシャンパンとか飲んだりする、あの、ながーいやつですか?
うーむ。
250平方㍍の部屋なんて、身の置き所がない。
ネックレスも、お店で自分の好きなデザインを選びたい。
リムジンだって、ボロ家に迎えに来られたら、家の前の道に入れないし。
(こんなに心配しなくても縁がない)
話は変わって。
私が書いたコラム「発信箱」が、ある国立大学の入試問題に引用されたというので、問題を取り寄せてみた。
小論文の問題だった。
記事の最後の1行の一部分が空欄になっていて、
「文脈を踏まえて、この空欄に当てはまる元村氏の考えを書きなさい」
「文章全体を踏まえて、あなたの考えを論じなさい」
という構成になっていた。
筆者としては非常にくすぐったい。いや、冷や汗が出る。
試験会場にいた受験生が「元村って奴はいったい何と書いたのか?」と考えている姿を想像すると、いてもたってもいられなくなる。
「すんません!」と言いたい気持ちである。
同じような経験を昨年もした。
私の原稿が、外国人入試の日本語の試験問題に出た。
試みに自分で解いてみたら、正解できなかった。 February 24 成功&失敗元村です。書き込み滞り恐縮。
さてきょう、H2Aロケット12号機が無事打ち上げられた。
3度の延期を経てようやく、である。
担当記者は、東京→種子島→東京、東京→福岡→東京、と2度、無駄足を踏んだ。
3度目の出発は「これでまた延期になったら、種子島と縁がなかったってことねー」と暖かい声援を同僚から受けていた。
このロケットには、政府の情報収集衛星が搭載されている。
一度失敗していることもあって、ロケット関係者にしてみれば、今回は「失敗できない」打ち上げだっただろう。
あとは放出された衛星がきちんと軌道上で機能するかどうか、見守っていよう。
失敗ということで思いだした。
22日、わが母校の九州大と、北海道大が合同で開く成果発表会に参加した。
隣り合った九大の教授と「失敗をどう受け止めるか」という雑談になった。
その教授は、九大が力を入れている水素燃料研究施設で破裂事故が起きた時、責任者として対応した経験がある。
「いやー、もう、さんざん叩かれました」
「マスコミですか」
「そうです。怪我はなかったんですけどね」
「大学は研究と教育と両方の機能があるから、事故があると、教育施設での事故と受け止められるのでは」
「こちらは破裂をしても人に被害が及ばないような設計をしていたんですが、報道は水素は危ないというトーンで、ちょっと参りました」
最後は「お互いにコミュニケーションしていくしかないですね」ということで終わったが、この点はいつも悩むところだ。
研究者側からすれば、失敗にも種類がある。
例えば、予期せぬ失敗と、予期できるのに手を打たなかったために起きた失敗。マスコミはどっちも「失敗」として報じるから、取材を受ける方はやるせない。
せめて失敗の質を見極めて報道してほしい、というのが本音だと思う。
私たちも考えつつ、ケースバイケースで失敗を報道する。まあ、相手からお礼を言われるような報道はできていないと思う。
挑戦にはつきものの失敗なのか。どのくらいの税金をかけた事業だったのか。人的被害はあったか。もともと防げないものだったのか。今後この事業はどうなるのか。
こんな視点で、総合的に取材している。
ロケットが打ち上げに失敗すると、100億円単位のお金をかけた事業だけに大騒ぎになるが、失敗に対する見方が立場によって変わるため、報道はとても難しい。 January 20 ないない大事典元村です。
サイエンスカフェ@三省堂を終えて会社に帰ってきたら、科学環境部が騒がしい。
納豆品切れが続出した「納豆ダイエット」の番組が捏造だった、というニュースが飛び込んできたのだ。
フジテレビの「あるある大事典」で紹介されたのだが、それを作った関西テレビが今夕、会見で発表した。
あれ、まあ・・・。
昨夜、会社帰りにスーパーに寄ったら、納豆コーナーが空だったので、「これほど反響があったのか」と思った矢先だった。
番組中で、ダイエットに挑戦した8人の男女も、採血はしたもののデータは架空だったという。
製作側のモラル感覚もさることながら、それに乗って納豆が売り切れるという世間もちょっと切ないものがある。
本当に減量するなら、「摂取カロリーを減らす」あるいは「消費カロリーを増やす」のがスジで、納豆とご飯を食べるより先にやることがありそうなものだ。
納豆だけに限らず、「いい」といわれたものが売り切れ、「悪い」と言われたものは食べないというフードファディズムは、意思の弱い食いしん坊の私には理解できない。
あるある大事典の過去の内容は大丈夫なんだろうか?
そこに登場する科学者、医者のみなさんは本物だろうか?
と思うのは私だけじゃないと思う。
ちゃんと検証してもらいたい。 March 31 年度末もう3月も終わりではないですか。
わはは。「3月は去る」、そのとおり。
今週はほぼ連日、終電逃している。それでいながら3日は早出勤務。
会社で昼寝できればいいが、暇がない。
睡眠不足だと、とたんに機嫌が悪くなるモトムラ。
腹ペコだと、もっと機嫌が悪くなる。単純だ。
もっと大人にならなければ。
わが科学環境部も、4月の異動がある。
理系白書取材班にも参加していた佐藤岳幸記者は長野支局へ。
新しい人が2人やってくる。つまり1人増える。
1人は名古屋から、山田大輔記者。
もう1人は水戸から、須田桃子記者。
どうぞよろしくご愛顧のほどを。
異動に伴い、部内でも持ち場替えがあり、席替えも今がピーク。
席を移動するのは、不要な資料を整理するいいチャンスである。
1年間、見なかった資料はまず不要と見ていい。捨てる。
捨てないのは取材メモ帳と名刺のみ。あとはバンバン捨てる。
「捨てる」技術も仕事の能力の一つだと私は思っている。
資料を捨てるだけでなく、あまたある情報の中から、本当に必要なものを取り出して、順位付けできる能力がもっとあればなあと思う。
いまは「遊軍長」という肩書きで、部下に仕事を振るのも任務だ。
「いるかな?どうかな?他社が書いてくるかもな・・・」というボーダーラインのネタを、どうするかがけっこう難しい。
ただでさえ、猫の手も借りたい状況なのに、不必要な仕事も全部引き受けていたら、彼らの余裕が本当になくなってしまう。
とはいえ、判断基準は相対的な部分も大きい。経験と勘が頼りみたいなところがある。自分の未熟を恥じつつ「とりあえず取材してみて」と頼むときもある。 March 22 理系白書シンポ4月21日に「理系白書シンポジウム」開催決定。
今回は早稲田大学との共催である。
テーマは「科学技術をどう伝えるか」。
養老さんの基調講演もあるし、会場狭めなので参加希望の方はお早めに。
毎日新聞に掲載された記事のリンクはこちら。
申し込み窓口直行の方はこちらへ。
ご存知の方も多いと思うが、早稲田大はこの4月から、政経学部の大学院に「科学技術ジャーナリスト養成プログラム」というコースが新設される。
文部科学省の科学技術振興調整費を利用したもので、修士課程に相当する。科学技術ジャーナリストの修行を受けるのだけど、修士号は「政治学修士」というところがおもしろい。
同じ振興調整費を使って、すでに北海道大、東京大でも科学コミュニケーター(インタープリター)養成の試みが始まっている。
そんな記事もちょうど、科学面に載ったのでご紹介。
岩波の「科学」1月号にも、こうした動きについて書いた。
科学技術と社会とを橋渡しする、と一口でいっても、ジャーナリスト、学芸員、企業広報、理科教員などなど、すごく多様な方法や立場があり、「こうすれば育つ」という定石はないと思う。
現段階では、資格があるわけではなく、就職先も保証されない。一部には「政府の掛け声でポスドクを大量に養成した結果、ポスドクが余った。この二の舞になるのでは」という批判的な声もある。
シンポジウムでも、この辺の議論があるだろう。 March 20 180万お知らせ。総アクセスが180万を突破しました。ありがとうございます。
きょうは仙台日帰り出張。
東北地方の強風の影響で、仙台発の在来線は軒並みダイヤが乱れていた。
新幹線も、行きは5分、帰りは1時間ぐらいの遅れ。
仙台の人によると、「この季節、3日に1度は強い風がニュースになるんです」とのこと。
春の使節にしてはお騒がせすぎか。
駅で混乱を横目に(尻目に)、少し早めの夕食。
なんでも駅構内の牛タン通り・寿司屋通りがリニューアルしたらしく、メニューによって半額になっていた。
寿司屋で「特上」(2500円)を半額でいただく。
ボタンエビ、煮あなご、中とろ、白身、貝、ウニ、いくら、とろとろ中落ちの鉄火巻。
いやあもう、ご主人に申し訳ないような感じであった。
「ホヤに日高見!」(地酒)と注文したい気持ちをかろうじて抑えた。
さてこれから発信箱に着手。
December 24 新企画みなさんmerry christmas。
いかがお過ごしでしょうか。大雪も峠を越したようですね。
寝坊して昼前に起きた。朝刊を眺める。
1面に、来年の新企画が紹介されている。ちなみに理系白書06は「ニッポンは強いか」というタイトルで1年間、転がしていくことになった。
紙面にも載ったし、あとには引けないのであった。
「強いか」、というのは、科学技術のレベルや独創性や科学教育の中身が、海外に比べて優れているか、という問いかけである。理系白書が主張してきた「人材こそが宝」「日本の科学技術のよい部分を戦略的に活かすべきだ」というスタンスを保ちつつ、視点を世界に広げて日本を位置付けたいと思う。
02年に理系白書を始めた当初から「やりたいなあ」と思ってきたが、予算足りない、時間足りない、ヒトも足りないという事情で、あきらめていたものだ。
5年目に入って、ようやくかなった。石の上にも3年というけど4年だった。
とはいえ、ヒトと時間は今までどおりなので、さらに忙しい1年になりそうだ。
今朝の朝刊には、「論点」も載っている。このブログでもちょっと話題になった「温暖化論争」に、識者が3者3様の見方を寄稿してくれた。これも科学環境部で提案した企画だ。
ES細胞論文疑惑を掘り下げる「クローズアップ」も、科学環境部の作品である。普段、論文のことや研究環境のことは書きにくい(載りにくい)が、こういう事件に乗っかって書くと、興味を持って読んでもらえる。どちらかといえばマイナーな科学セクションが存在感を示せる場面である。
December 06 温暖化あーさむさむ。
師走の声を聞いたと思ったら、急に冷え込みがきつくなった。ロングコートを慌てて引っ張り出す。
流行のブーツも暖かいので助かる。ひとんちにお邪魔するときは少々格好悪いので(脱ぐ時)、訪問先に応じて履くようにしている。
今朝の朝刊「記者の目」に、わが部のE記者が京都議定書について書いている。彼はいまカナダ・モントリオールで開かれている議定書関係の国際会議の取材で出張中だ。
この「記者の目」は、1週間ほど前に大阪のT記者が書いた「議定書を疑ってみよう」への反論という形を取っている。
「記者の目」で記者どうしが議論することは、それほど珍しくない。
「一つの媒体なんだから意思統一してから書いてよね」と思う読者もいるいっぽうで、「いろんな見方が分かって興味深い」という人もいる。
BSE、原子力、クローン、温暖化、環境ホルモン・・・などなど、いわゆるコントラバーシャルな話題ほど、新聞への登場頻度が高い。
事実をどの側から見るかによって、記者の意見が異なるテーマでもある。取材部署も多岐にわたるから、一つの会見や会議に複数の記者が同席する。
それは効率的ではないけれど、バランスを保つ上では意味があると思う。
July 18 気になるニュース in Floridaフロリダは月曜日の午前9時半。
シアトル方面へ写真取材に旅立った野田記者を空港まで送って帰ってきた。きょうは日本は3連休の最終日らしい。
マフィンと無料コーヒーの朝食を食べながら、無料のUSA TODAYを熟読。シャトルの記事を探したが、やっぱり載っていない。きょう午後にも、原因究明作業の進捗状況がNASAから公表されるはずだ。
今朝のUSA TODAY朝刊の気になるニュース。
今年5月、脳腫瘍で脳死になった26歳の女性が、もうすぐ出産するそうだ。この女性はスーザン・トレスさん、26歳。NIHの研究者である。
脳死判定の時点では妊娠15週だった。家族は出産まで生かしてほしいと希望した。先週で妊娠25週になり、出産しても赤ちゃんが保育器で育つ程度に生育した。
6月に各紙が報道し、ウェブサイトも開設されて、励ましのメッセージが世界から届いているという。寄付は24カ国から40万ドルに上っている。
病巣は肝臓にもあって、病状を見ながら帝王切開で赤ちゃんを出産させる。ご主人も仕事をやめて付き添っているそうだ。出産後、人工呼吸器を外すかどうかで家族の意見が分かれていると読める。
脳死の人間が新しいいのちをはぐくんでいる。こういうケースをまのあたりにすると、「脳死は人の死」と法律で定めることに、抵抗を覚えてしまう。
もう一つ、これは社説のようなものか。「そろそろ原子力発電を進めたほうがよい」とある。理由は、スリーマイル島の事故から26年、チェルノブイリから19年が経過して、原発アレルギーがなくなってきたこと。原子力は火力に比べて汚染物質を出さず、クリーンであること。なにより米国の電力需要が逼迫していて、20年後には50%も増えること。懸念は、放射性廃棄物の処理とテロ攻撃だが、USA TODAYは「放射性廃棄物はユッカマウンテンに。テロは、民間機の衝突ぐらいでは放射能漏れしない」と言い切っている。うーむ。
どこもかしこも、親の敵のように冷房をきかせ、巨大モールを24時間営業させている消費拡大志向のアメリカにいると、「原発作るより先にやることあるんじゃないの?」と突っ込みたくなる。
記事に添えられた、電力にしめる原子力のシェアの各国比較のグラフは、なぜか日本が載っていない。これでみると、日本の37%はフランス、スウェーデン、韓国についで4位だ。米国は意外に低くて20%だという。
July 13 プレスサイトきょうは打ち上げ1日前。NASA用語では「L-1(エルマイナス1)」という。
プレスサイトは敷地のほぼ中央部分。我々はそのエリア以外、滞在を許されていないから、いわゆる「牧場放し飼い」状態。
「お昼食べにいこっか」と気軽に行く場所はなく、外に出るのもバスで20分かかるので、食事はサンドイッチ、コーヒーなどを売るフードトラックが頼りだ。もちろん、来る途中に食料を調達することはできるから、初日はバンズとハム、チーズを持ち込んで即席サンドイッチ。今朝は、昨晩お持ち帰りしたピザを温めて食べた。
きょうはお土産屋さんトラックも出現した。そうだよなあ、記者はお土産を買いに行く暇もないのである。
プレスサイトには公称2650人の報道陣が来ているらしい。といっても、会見場にあふれかえっているわけではなく、多くはテレビ局の技術スタッフだろう。
公称では日本のメディアも700人だそうだが、プレスルームに出入りしている人々は100人ぐらいだろうか。
昨日から急激に、パラボラアンテナをつけた中継車が増えた。彼らは日本のメディアにも関心があるらしく、今朝はインタビューを受けた。アラバマ州ハンツビルのローカル局だそうで、日本が今回のフライトの何に関心を持っているのか、こちらの気候はどうか、打ち上げ前の気持ちは、などと質問された。
発展途上の私の英語力で、果たして放映に値するインタビューになったのか、はなはだ不安。
「ハンツビルに親戚はいるか?水曜の朝7時放映だよ」と言われたが、そんなの見られるわけないし、ローカルニュースに、どこかの東洋人が下手な英語しゃべってるところが人知れず流れるのも悪くない。
June 11 あれこれ続ききのうの続き。 韓国のネット新聞「オーマイニュース」のオ・ヨンホ代表兼記者の話からだった。 7日に開かれた、毎日新聞主催のシンポジウムの彼の話は、経験に裏付けられていて、よく整理されていて、客観的で、聞きごたえがあった。 3年前にネット新聞を始めたときは、誰も「マスメディア」として扱ってくれなかった。大統領選の会見に出ようとして、排除されたいこともある。そのことに異議を申し立てる裁判は、読者の後押しもあって勝利した。 記者は、訓練を受けたいわゆるプロの「専門記者」と、訓練は受けていない「市民記者」(世界各地にいる)の2種類。感じとしては、専門記者は紙ではなくネットのために記事を取材して書き、市民記者は身近で起きた出来事を克明にレポートする、といった役割分担があるようだ。 彼は、市民記者に対して心配される「記事の信頼性(うそや誇張、ごまかし)」について、こんな風に説明していた。 「市民記者の原稿は、専門記者ができる範囲で裏づけを取る。影響力があるニュースが市民記者から送られてきた場合、裏をとるまで記事はアップしない。市民記者は、記者倫理綱領に同意してもらうことを条件になってもらっている。そうした対策の結果、市民記者の記事でおおきな訂正や誤報をしたことはない。むしろ、専門記者が思い込みで間違いを書いてしまうことの方が多いかもしれない」 つまり、ネットジャーナリズムイコール「しろうと」といった思い込みを、オーマイニュースはいくつかの決まりを設けて克服した。 悪意をもってウソを書く、という行為については、訓練を受けた記者も市民記者も、あまり差はないだろう。倫理観の問題だから。 悪意はないが結果として(たとえば相手に騙されて)誤報になってしまうケースについては、経験をつんだ人のほうが、未然に防げる、あるいは早く気づいて対処できる可能性は高い。筆力不足で誤解を招く記事になってしまう、というリスクも、訓練を積むほど減ってくる。 オ・ヨンホ氏はジャーナリストとしては訓練を受けていて、活動拠点をネットに求めた人物だから、両方の長所だけを実現できる仕組みを考えたというわけだ。これは新聞「紙」に未練たっぷりの新聞人が学ばなければいけない部分である。 June 10 新聞をめぐるあれこれ
June 09 新聞を読むということ
June 01 専門家取材の作法
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